『自粛』とは

30歳で突然死。
言葉にならない。

30代になってから、より死が身近になった気がする。いつ人生が終わるかなんて、誰も分からない。だから、1日1日を幸せに生きなければならない。

様々な公演がのきなみ中止になって、演者だけにとどまらず、関わるすべての方々の多くがきっと仕事を失い本当に困っていると思う。私も含め。

自粛要請って聞くたびに
『ボランティアでお願いします』っていう演奏依頼が未だある、ということを思い出す。

言い出した側は、何もしなくても公演を中止にできたり、ただで演奏を聴けたりする。
その裏側で、
強いられた側へのしわ寄せははいかばかりか。

自粛もボランティアも、当人の意思によってなし得るもので、他人の提案によってやら『される』ものではない。
この状況下での『自粛要請』は、もはや自粛ではなく命令に近い…と感じてしまう自分がいる。


自粛については、いっそ『公演中止命令』にして、公演中止に伴う一切の費用をカバーする
とかしないと、みんな仕事を失ったまま路頭に迷ったまま、生活もおぼつかない、経済冷え込む、国力失う

みたいなことになっちゃうんじゃ…。
線引きは難しいけれど、主催者と出演者双方による申請式にして、まあ審査とかもすればいいと思う。


この期間中、開演にふみきった団体の集客は、通常通りのものだったのだろうか。

何も起きていない状況での公演だって、本番当日ではなくそこに至るまでのプロセスが大変なのである。
まず音楽的な準備(楽譜の手配、練習、リハーサル、リハーサルに伴う諸々の手配等)
そして公演を成功させるための諸々の事務(ホールとのやり取り、裏方の方々の手配や打ち合わせ、販促物の作成や配布等)

そして、集客。
私の場合は、ここ多くを割く。

普通に公演ができる状況でも、お客様に来て頂くのってなかなか苦労する。まして自粛ムードのなかでの集客の大変さは想像するにたやすい。

この1ヶ月で公演に踏み切った団体は、通常通りの集客が実現できたのだろうか。

公演をしてもしなくても、結局末端にしわ寄せがあっている気がしてならない。